CAHIER

 最近、砂時計ばかり見ている。
 時計であるから、時を計る物ではあるけれど、砂が落ちてゆく途中は落ちはじめてからどれだけ時間が過ぎたのかはわからない。五分計であれば、五分の間のいつかなのであるはずだが、正確な時を告げているわけではない。デジタル時計のように、一瞬一瞬を正確に刻み表示している物に比べれば、随分とおおまかな時計だ。しかし、そのおおまかさに惹かれるのかな。

 デジタル時計は好きではない。瞬間はわかっても、過去と未来がないからだ。アナログ時計なら、針の進んだ時とこれから進む時とがあって、そこに過去と未来を感じる。それでも、針が文字盤を一周すれば、、また同じ時間を過ごしているような気にもなる。そのはかなさも好きではあるのだが、ならば砂時計のようにもっと曖昧であっけない物の方が良い。

 時は、絶対で、人にとっては人生の別の呼び名かもしれない。そう思うと、はじまりと終わりだけを告げる砂時計に感情移入してしまう。

 近年、個人的に大切な人を亡くす機会が多かった。そして震災もあった。砂がいつ落ちきるのかは自分にはわからない。いまが自分の人生のいつなのか。毎日が砂時計のようだ。

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